教科書が売れないからサブスクなのか
2021年12月28日(火)e

教科書が売れないからサブスクなのか

(12月8日にメール通信で配信した内容がもとになっています。)

出版学会の電子書籍についてのセミナーというべきオンライン研究会でプレゼンがありました。今の大学生は人数は増えているが、奨学金をもらって通っている人が半数近いので、経済的に豊かではないので、教科書を購入できない。故に、教科書を購入できないから、シラバスにあげてある参考資料を電子書籍にして、サブスクの方法で安価に提供するといいのではないかという話しでした。私は、教科書は購入しても、参考図書は購入するのではなく、大学図書館で借りて読むものだろうと思っていたので、教科書が売れないのでその代わりに参考図書を安価に提供するという理屈は納得できないものでした。日本の大学の教科書は、米国に比べれば、ずいぶんと安価であると思うし、安価ではない学費が一番に負担な金額だと思うので、教科書が売れないので副教材を安価に提供するという理屈も理解に苦しむものでした。教科書自体、できれば買わずに済ませたいという気持ちが現実的にはあるということは分かっていますし、納得して購入しようと思ってもらえるような内容にしないといけないと重々思っていますので、買わなくても当然という前提は違っていると思いました。北欧のように奨学金に図書費を含めて購入できるような仕組みを作るべきではないでしょうか。そちらに考えが行かないで教科書が売れないから、サブスクで安価に提供するというのは理解できませんでした。批判的に申していますが、参考図書を新しい収益源にしようという提案自体はありえることではあると思うということは申し添えておきます。

私の考えは、出版業を営んでいる立場なので、教科書が安定的に売れると言うことは事業としては重要なことと認識しています。教科書を買ってもらうというビジネスもあって、持続的に経営できています。1冊2000円前後の教科書を経済的に余裕のない学生には高価だから、もっと安価に提供しないといけないというのなら、事業として採算が合わないことになります。授業費以外の経費は、省略していいという発想があるようなのですが、それでは困ってしまいます。

セミナーのプレゼンテーターの意向とは別に、つまり、主張していた論理的な道筋とは別に、参考図書となる書籍を著作権をきちんと守った上で、参考図書、副教材として使えるようにするということは重要でありますし、必要なことと思っています。まずは、参考図書として授業で示す書籍は大学図書館で複数購入しておいてもらえば、学生は大学設備費として払っているともいえますが、個別の負担なく読むことができます。大学図書館が、紙の書籍であったり、電子書籍であったりはどちらでもいいと思いますが、複数のライセンスを契約してくれればよいわけです。それと付け加えて、出版社として、今後考えていかないといけないのは、論文集の中からいくつかの論文を読むということがあった場合にも対応できるような電子的な提供もできるようにする必要があるだろうということです。たとえば、ゼミで読むということがあった場合に、1章だけ販売するとか、読めるようにするとかはできるようにしたいと思っています。1冊まるまるの購入でなく、その時だけ読めるようにするのなら、期間を区切った時限的なライセンスということになりますが、そうするとサーバーにアクセスして、その時だけ閲覧できるような仕組みが必要になりますが、そういうシステムを作れるでしょうか。いったん、ダウンロードしても、その期間だけ閲覧するというのはその個人の自覚に委ねるしかないかもしれません。大学図書館の蔵書をダウンロードできる場合も、貸出期間中だけ読めるというのが、大前提でしょう。ダウンロードできても、本来は一定期間と考えるべきでしょう。(ちなみに、音声CDを公共図書館から貸し出す場合は、借りている期間が終わったら、データは消して下さいとお願いしています。ダウンロードしてもいいのですが、それはあくまで図書館から借りている期間に限ってのことというのが原則です。)

全体として事業がなりたてばいいので、細かいライセンス処理ということをいいだすと仕組みが回らなくなってしまう危険性もありますので、できるだけ、シンプルでスムーズに使い易い仕組みがいいと考えています。このところ考えているのはDOI(デジタル識別子)を個別論文に振って、論文ごとに参照して、読めるような仕組みです。そういうのがあれば、ネットでアクセスして、所属する研究機関や大学図書館がその電子書籍を蔵書していれば、閲覧できますし、大学図書館が所蔵していなければ、出版社のサーバーにつながり、購入することもできたり、所属機関に購入のリクエストが出せたり、自分で購入できたりする仕組みが構築できるとよいと考えています。

出版学会のプレゼンテーションには同意できませんが、書籍の中の論文を学生用に電子的に提供するということは必要なことと思いますし、そのための電子的な仕組みは作る必要があると思っています。これは1社ではできない。公的な仕組みが必要なのではないか。学術書出版協会のような公共的な仕組みが必要なのではないか……

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執筆要綱・執筆要項こちらをご覧下さい。



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