1冊の本を作るということは大変なことである

2014年11月20日(木)

1冊の本を作るということは大変なことである

1冊の本を作るということが大変なことである、ということを厳しく認識させられることが、先日ありました。

インターネットが広く使われるようになって、情報の発信が、以前に比べれば、格段に容易になりました。インターネットでのウェブページでの発信により、それまで印刷しなければ、情報は伝えられなかったことが発信できるようになり、プログラムを全く知らなくても発信できるブログやtwitterやSNSのような発信方法も生まれました。そのこと自体は、発信手段の大衆化ということでよいことだと思いますが、その結果、どうも、情報を簡単に発信できると思われる風潮があるように思われます。また、公共の掲示物に誤解される危険性の表現・表示が目に付くことがあり、だれも校正や編集的な視点で見直していないと思います。情報発信には、コストをかけないでいいと思われているように感じます。

しかし、1冊の本を作るということは容易なことではありません。そのことを十分に行うためには大きな責任感とその責任を果たせる十分な能力が必要です。そういう認識がなく、責任感もなく、能力がなければ、とても悲惨なことになります。執筆中断ということではありません。かたちにはなっても、かなり危険な本ができかねないということです。

別の言い方をしますと1冊の本をきちんとまともなものとして作れるということは、かなりの高度な能力を持っているということなのです。現在、博士論文を大学図書館のデジタルアーカイブに入れるリポジトリーというものが盛んに行われています。出版社を通して出版しなくても、公開は可能ということになっています。そのことの意義は認めますが、きちんと書籍として出版できる、ということは大変価値のあることだと思います。ひつじ書房の場合、博士論文を刊行することになった場合、そのまま、単純に著者の書かれたままで出版するということはたいていはしないです。したがって、単にリポジトリーされた論文とくらべて出版された書籍は、数倍の価値があると思います。ここでの出版は電子出版であっても同様です。第三者の目を経て、編集されて出されたということに価値があるということで紙の方が電子的な発信より優れているということを主張しているわけではありません。

博士論文の場合は、査読者の人数は十名くらいでしょう。出版するとなると十人程度から読者は数百人にかわります。300部や500部という数字は少ないと思われるかも知れませんが、十数人とは大きく違います。その点を踏まえて、コメントをします。いろいろと些末なことをチェックします。章見出しの付け方とかについて助言をすることもありますし、参考文献一覧と本文での参考文献との確認をします。この点は高度なことではありませんが、学術図書で間違っているとカッコが悪いです。また、内容についてもできる限りコメントを申し上げるようにしています。

刊行した後で、刊行するまではあんなにいろいろと大変だとは思わなかったと感想を漏らされる著者の方が、今まで何人かいらっしゃいました。刊行はひとつの事業だと思っています。大事業です。それを著者のそばで、お手伝いできること、それを計画できることが、学術出版の醍醐味でしょう。

ひとつの著作を、まとまったかたちで世に送り出せるということ。たいへんなことですが、著者にとってたいへんなことをサポートし、応援していく。こまこまとした仕事から、大胆な説得までいろいろとあります。でも、著書をまとめようとされた方との出会いは、こころときめくことであり、原稿を受け取るところまで、催促したり、待ち続けたり、サポートしたりして、その上で原稿をいただくことはうれしいことであり、また、原稿を書籍というかたちにしていくことはたいへんなことであります。

言語学の学術書の場合は、欧文と日本語の文字が本文に混ざりますが、それを整ったページに組む必要があります。作業は印刷所がしますが、その指示は編集者が行います。言語学だと英語だけではなく、中国語、韓国語、ロシア語なども本文に入ってきます。それぞれの言語に精通している必要はありませんが、多言語混植をスムーズに行いますので、書体の知識や、組み版の知識も重要です。デザイナーさんと相談しながら、設定を作っていきます。たいへんですが、しかし、それらの過程は楽しいことです。かたちにしていくことは編集者にとって大きな喜びです。著者になるべきではない人の原稿は危険な落とし穴ですが、落とし穴に入らないように十分に気をつけつつ、私は、なかなか売りにくい学術書であっても、出しうる可能性をさまざまに探して、ポジティブに本作って行きたいと考えています。

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執筆要綱・執筆要項こちらをご覧下さい。



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