ミドルウェアとしての編集

2008年5月14日(水)

ミドルウェアとしての編集 version 2.0

学術振興会の研究成果公開促進費(いわゆる出版助成金)の採択率が、28パーセントとなり、昨年に比して微増となりましたが、かなり厳しい状況が続いています。今後、以前のように40パーセント以上の採択率に復活するかというと、見通しは悲観的です。研究成果公開促進費について、廃止を含めて検討されるということさえも言われています。学術書の刊行ということを出版の根幹にしていますひつじ書房にとっては、とても重大な問題であると認識しています。

研究の公開は、書籍ではなくて、別の方法でもいいだろうという判断が、学術会議あるいは学術振興会の中にあるのかもしれません。先端の研究成果は学術雑誌に発表されるし、ネットで電子的に公開してしまえばいいと思われていると思います。この気持ちというのは、たぶんに蔓延しているのではないでしょうか。

研究書の刊行についても、電子的に作って、インターネットの中で公開してしまうことに代替できると思われているふしがあるように感じます。たしかに雑誌論文などは、スピードということを考えるとインターネットでの発信の方が利便性が高いかも知れません。ただ、過去の論文を探そうとした場合、コンピュータを用いたキーワードの串刺し検索がもちろん有効ですが、紙媒体として閲覧できることも重要です。めくっている際に付加的な情報やひらめいたりということもあろうかと思います。電子的な媒体を用いることの是非とは別に査読や内容の編集、校正さらに原稿催促などの作り上げるプロセスに注目するのなら、持続的に運営していくためには、単に著者の原稿をアップするということとは違った仕事が必要になります。

出版社の編集者が査読することはありませんが、それ以外のプロセスはむしろ編集者に任せた方が、研究者の方々の優先的な仕事を優先するという本来あるべき姿だと思います。電子的な媒体を用いるということは、編集の仕事がなくなるのではなくて、さらに高度化することだと思います。電子的になってコストが不要になると言うことでは無かろうと思います。

さらにまた、本にするべき内容なのかということも問われているのも事実でしょう。安易に書籍にするべきではない。本当に書籍というかたちにするのが、最善なのかということも問われています。たとえば、報告書に毛が生えたようなもので、安易に申請して、書籍としての価値がないものを書籍にしたいと思うというようなことはさけるべきでしょう。きちんと書籍として練り直して出すべきです。

先日も、ある学術出版を巡る会合があって話をしたのですが、情報は電子的に公開されれば、紙の書籍はなくてもいいという考えに対して、きちんと反論をしないといけないのではないかという話になりました。私が思うには、きちんと学術書籍の編集の価値を世の中に伝えないと、学術書籍の編集者になろうと思う人がいなくなってしまうかもしれません。こういう価値があるんだということをきちんと伝えたいし、議論したいところです。

編集された書籍が必要がなくなるということはないと思います。電子的に誰でもが、発信できる時代というのは、だれでも発信できるけれども誰も読みにこないかもしれない。あるいは、発信された情報にたどり着けないということにもなっています。確かにネットに発信されているのですが、発信された筈の文字は、壁の裏、障子の裏紙である「紙背文書」のようになってしまいます。編集者が編集して、世の中に送り出すことこそが、重要であると信じています。publishというのはどういうことなのか、というのが、あらたなフェーズの中で捉え返されていると思います。

ネットに書き込んだだけでは、publishとはいえないように思います。書籍を印刷しただけでも同じようにpublishとはいえないかもしれません。少部数しか刊行していないのなら、むしろ書籍の方が公開という点ではpublishに達しないレベルなのではないかという人もいるかも知れません。500人規模の少数の場合であれば、可能性として数万人から数百万人を読み手として想定できるネットよりも小さいではないかというかもしれません。どっちもどっちだと思われるかもしれません。

学術書籍の出版の世界といいますのは、「中規模のコミュニケーション」ということなのではないでしょうか。ミニコミとマスコミの対立ではなくて、ミドルコミュニケーション、ミドルウェアと呼ぶべき世界なのではないかと最近思いはじめました。たぶん、書籍はその世界で有効なのではないか。お金を出してくれる読者がいると言うこと、そのジャンルにおけるキーパーソンあるいは評価のできる人が接することができるということ。コミットしてくれる読者の存在とレビューのある世間が介在することが重要であることだと思います。そのようなジャンルをミドルコミュニケーション、ミドルウェアと呼んではどうでしょうか。私としては掘り下げて考えていきたいと思っています。


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