2002年8月27日(火)

ひつじの再出発の年

ことしは、ひつじの再出発の年と言うことになるだろう。2年半前の3月に社員と社員予定者がやめて、その代わりとして、外部の編集スタッフに編集をやってもらってきたが、この夏から、内部のスタッフですべてを回していけるように体制を変えようとしている。

本を作るということには、書店を回ったり、大学や研究室を回って、本を売ること、そんな現場の中から企画を立てること、本を出した後に契約書を作ることなど、外のスタッフではどうにもできないことをきちんとやらなければ、仕事が回らないことがはっきりしたからだ。本作りは、種付けから、あるいは土壌改良からやらなければとても立ちゆかないのだ。

私の考えや目指すものも、ひつじ書房の今後のことにしろ、内部でいっしょに時間を過ごして仕事をしたほうがいい。本だけ作っていればいいと言うふうになりがちだと、契約書を作ったり、献本をしたり、編集者が本来やるべき事務的な負荷が、事務能力に乏しい松本の肩に掛かって、逆に手に負えなくなるという危険性もあった。ひつじのことを理解していないとひつじのやり方について説明ができないということが起こってしまう。これでは何のために本を出しているのかわからなくなってしまう。研究書の出し方というものは、わかりにくいものなのだ。きちんとひつじの事情がわかっている人間を内部で育てていく体制に変える必要があった。

日本語教育から機械処理まで、とても言語に強いスタッフ、短いなりにも営業の経験を持っていて、愛嬌もあるスタッフが来てくれて、このタイミングはとても幸運だと思っている。それと、言語以外にも対応できるスタッフ。

3人いるおかげで、数年来の念願の書店さんへの対応もできるようになりつつあり、書店への営業活動もわずかながらではあるが、きちんとなりつつもある。常備も復活した。単著の研究書がなかなかでない時期になって、本の作り方も変えなければならなくなって、それに対応するために、価格帯を下げて本を売ることにしているが、そうなると書店に依存する比率が高くならざるを得ない。その体制のためには書店への営業がかかせないことになってきた。

少ない人数の中だから、スキルも全体にアップしないといけない。おかげさまで、私もこの業界の中に助けてくれる知り合いもいて、営業についてとかいろいろと教えてくれる人もいて、助けてくださる。ひつじの中では、言語学史の勉強会や、文法の勉強会を行いつつある。それもあたらしいことであり、可能性を感じさせてくれる。

ひつじのスタッフの日誌もはじまり、再生の音が聞こえてくるようだ。飯田君、改行をもっと多くしましょう。あまり自分の趣味には走らないように。まずは、一般的なところから攻めましょう。

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