2001年7月12日(木)

組版は、知性か? 知性は組版か?

未来社の西谷さんがパソコンで編集を楽にする本を出し、私にとっては新味もないが、売れているということなので、編集者という時代から取り残された種族にとっては、新味がないほうがかえって読みやすくていいのかなどと思っている(これは皮肉ではないので念のため)と、組版の会などで活躍する前田さんが、ケチを付けて、さらにそれに西谷さんが、反論をおこなって、両方から、FAXが送られてきて、さらにDTPと多言語組版のことを全然理解できない野村さんが参戦し、いよいよ議論の無意味さに拍車がかかったようだ。

出版の問題は、組版にあるのではない。知を生産し、循環するシステムに問題があるのである。編集者の知性に問題があるのであり、書き手の創造性に問題があるのであり、消費者になりきった読者に問題があるのである。商売の大道に立ち返ることが出来ない書店に問題があるのである。組版と電子的なテキスト処理の問題はその後の問題である。

知のシステムに問題があるのであって、そこに注目しないでは、何も意味がない。

ただし、組版は重要である。かつてDTP日本語組版研究会を作ったとき、会合のチラシを岩波書店に張ったが、だれも反応がなかった。組版は、印刷所と校正者の仕事だと思っているのだろう。それは大きな間違いである。岩波が、知の再構築に失敗し、専門出版社の足を引っ張っているのは、本というメディアに対する省察がゼロだからである。それは組版への無関心とも連動していないわけではないだろう。組版に関心がないのは、本自体に関心がないのと同列である。岩波が、組版に半可通であったために、かつて日本文学古典体系で、間違った「正字」を使ってしまったために、エセ学者に「正字」を広めてしまったことを思い出すべきだろう。組版に無知なのは文化的な犯罪でもある。

矛盾することを言っているようだが、そうではない。そのことの説明はおこなわない。

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