2001年6月25日(月)

大妻→熱海→俳優座

今週の土日は、なかなか詰まっている2日であった。土曜日に、日本近代文学会の例会が、大妻女子大学であり、『文学者は作られた』と『接続』を売りに行った。おかげで、『接続』は、もって行った4冊が完売、『文学』も、10冊のうち、6冊が売れた。販売だけではなく、この例会のレポートも依頼されており、ちょっと緊張した気持ちで会場に赴いた。小田光雄さんの話も面白く、有意義な時間だった。

それが終わると、私は新幹線で、熱海に向かった。私も理事をしているJCAFEの理事会に出席するためだった。理事会は、事務所を借り、専従職員を採用するという新しい事態の上にたって、会議が進められた。私は、途中で、理事会チェックシートなる翻訳のシートをどうしてつかたのか、内容がぜんぜんあっていないではないかと指摘をしてしまったが、理事会運営のやり方には、改善の余地が多かったと思う。さらに、日本のNPO法についての本山ともいえる松原さんと日本全国の地域のNPOセンターの中心人物である加藤哲夫さんが、参加し、この2人の豪華ファシリテーターによる、ワークショップの様相を呈し、議論が、中心に向かっていった。3年後のビジョンをどうするのか、代表理事に突きつけられた課題は大きい。これに代表が答えられるなら、JCAFEの未来はある絶大なモノがあるだろう。

さらに、翌日の会議の後に、加藤さんといっしょに東京へ向かう。車中、今すすめている『市民の日本語』の打ち合わせをする。東京駅から六本木に向かう。松本サリン事件の第一通報者である河野さんを容疑者にしてしまったニュース報道を追い、テレビのあり方・メディアリテラシーに迫った松本美鈴が丘高校の放送部の活動を追った芝居を俳優座で見る。芝居の後の座談会に参加し、その後の懇親会に参加する。林先生、お世話をいただきまして、ありがとうとうございました。結局、終電で帰宅。

話題がずれるが、松原さんが、NPOセンターには、問題のあるところが多いといった指摘にはうなずかされた。多くのNPOセンターに電話すると「NPOです」と名乗るというのだ。NPOというのは、会社みたいなものであり、トヨタに電話したら、「会社です」とこたえるのと同じではないか、根本的に間違っていると話していた。この点では、以前の山形浩生氏の発言は、この点に関しては間違っていないといわざるを得ないだろう。

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