『人間失格』の「のです」をどう翻訳するか 日独語対照文学研究 宮内伸子著
2025年12月刊行

『人間失格』の「のです」をどう翻訳するか

日独語対照文学研究

宮内伸子著

定価3600円+税 四六判上製カバー装 370頁

装丁 三好誠(ジャンボスペシャル)

ISBN978-4-8234-1284-4

ひつじ書房

How to Translate “no desu” in “No Longer Human”, a Novel by Osamu Dazai: A Contrastive Study of Literary Expressions in Japanese and German
Miyauchi Nobuko


【内容】
太宰治『人間失格』の全1176文のうち227文が「のです」ないしは「のでした」で終わっている。「のです」は日本語にとって自然で不可欠な表現だが、外国語には訳しにくい。これらはどう翻訳されるのか、それは正しく受け取られているのか。他にも吉本ばななや川端康成、宮部みゆき、三島由紀夫らの作品に加え、俳句の「日本語らしい」表現に注目し、ドイツ語への翻訳の方法を見ることで日本語文学の魅力を再発見する。

【目次】
まえがき

第1章 吉本ばなな『キッチン』
「してしまう」「気をつかう」に見る自然の成り行きと空気

1. 作品のニュアンス
2. 「してしまう」、「気をつかう」をどう翻訳するか
2.1. 「自然の成り行き」の表現―「してしまう」を手がかりに
2.1.1. してしまう(してしまった)=する(した)+副詞
2.1.2. 話法の助動詞や接続法の利用
2.1.3. mir(3格)やmich(4格)の利用
2.1.4. その他の処理
2.1.5. 「しまった」(失敗したときの間投詞)
2.2. 「空気」の表現―「気」を用いた表現を手がかりに
2.2.1. 「気がする」
2.2.2. 「気にかける」
2.2.3. 「気をつかう」
3. 心的態度の表明

第2章 川端康成『山の音』
省筆の美・曖昧さの魅力

1. 美しい日本の私
2. 省筆の美
2.1. 川端の文章
2.2. 『山の音』
2.3. 省筆の美の特徴とその効果
3. 曖昧な文をどう翻訳するか
3.1. 主語などの補い
3.2. 接続詞などの補い
3.3. 特に注目する表現〈~, so daß〉と〈so~ , daß〉
3.3.1. 〈~, so daß〉
3.3.2. 〈so~ , daß〉
4. ドイツ語訳との比較から明らかになること
5. 曖昧さの魅力

第3章 三島由紀夫『愛の渇き』
華麗なる直喩の世界

1. 明晰で理知的
2. 華麗な比喩表現
2.1. 三島由紀夫の人と文体
2.2. 直喩は論理的な文彩
3. 直喩表現をどう翻訳するか
3.1. 比較・同等・同類・例示として
3.2. 現実的な説明・限定として
3.3. 単なる想像(非現実)として
3.4. 対象が発する印象として
4. なぞらえ信号「よう」
5. 正確な表現

第4章 太宰治『人間失格』
「のです」が示唆するもの

1. 『人間失格』の語り口
2. 「のです」をどう翻訳するか
2.1. 理由を示す接続詞などを補う
2.2. (セミ)コロン、ダッシュなどの言語記号を用いる
2.3. 関係代名詞などで受け直す
2.4. 共起する副詞の訳で補う
2.5. 背後の事情を客観的に描写する
2.6. 特に訳さない(コンテクストに委ねる)
3. 分かって欲しい

第5章 宮部みゆき『火車』
「てくれる」を手がかりに地上の視点を探る

1. 地上の視点
2. 恩恵授受の表現
3. 「てくれる」、「てもらう」、「てやる」をどう翻訳するか
3.1. 「てくれる」の訳し方
3.1.1. 格表示による
3.1.2. 視点を逆にする
3.1.3. 恩恵の与え手の好意的態度を描写する
3.1.4. 特に訳さない(コンテクストに委ねる)
3.2. 「てもらう」の訳し方
3.2.1. 使役的表現による
3.2.2. 受け身的表現による
3.3. 「てやる」の訳し方
3.3.1. 格表示による
3.3.2. 恩恵の与え手の示威的態度を描写する
4. 思いやりのやり取り

第6章 山田太一ファンタジー三部作
終助詞「ね」と「よ」が伝えるもの

1. 不可欠な終助詞
2. 「共同注意」と終助詞「ね」と「よ」―『異人たちとの夏』の親子の会話
2.1. 「ね」
2.1.1. 表現を強める語(心態詞など)を用いる
2.1.2. 主語をwirにすることで聞き手を巻き込む
2.1.3. 共同注意態勢にあることを明確に示す文言を用いる
2.2. 「よ」
2.2.1. 表現を強める語(心態詞など)を用いる
2.2.2. 主語をwirにすることで聞き手を巻き込む
2.2.3. 命令文にする
2.3. I think / I guess / you know などを用いる英語訳の対応
3. 終助詞を欠く表現のニュアンス―『遠くの声を捜して』の「声だけの女」
4. 終助詞の人物像造形機能―『飛ぶ夢をしばらく見ない』の睦子と妻の口調
5. 終助詞がもたらすニュアンス

第7章 トーマス・マンと北杜夫(1)
ユーモア表現の違い

1. 没落物語のユーモア
2. 『ブッデンブローク家の人びと』と『楡家の人びと』に見られるユーモア表現
2.1. 『ブッデンブローク家の人びと』の場合
2.1.1. ライトモチーフ
2.1.2. 詳細な人物外見描写
2.1.3. 体験話法
2.1.4. 敵役の見解の紹介
2.1.5. 高尚と卑俗の同列
2.2. 『楡家の人びと』の場合
2.2.1. 辛辣で容赦ない人物描写
2.2.2. 滑稽な人物たち
2.2.3. オノマトペの多用
2.2.4. くだけた(口語的な)言葉遣いの混入
2.2.5. 大げさな表現
3. 言語の特性とユーモア表現

第8章 トーマス・マンと北杜夫(2)
語りの態度の違い

1. ドイツ語動詞scheinen
1.1. scheinenはコプラという指摘
1.2. 独和辞書でのscheinenの訳語―見える・思われる
1.3. 日本語の「見える・思われる」の意味
2. 『ブッデンブローク家の人びと』と『楡家の人びと』
2.1. Buddenbrooksに出現するscheinenの日本語訳
2.2. 『楡家の人びと』に出現する「見える・思われる」のドイツ語訳
3. scheinenと「見える・思われる」
3.1. scheinenと比喩表現との親和性
3.2. scheinenによる蓋然性の示し方
3.3. scheinen≠「見える・思われる」、scheinen≒「見える・思われる」
4. 言語の特性と小説の語りの態度

第9章 開高健『夏の闇』
人称代名詞の省略と主観的把握

1. 風景描写と心象風景
2. 人称代名詞の省略
2.1. 主語の補い
2.2. 主語明示回避の対応
2.2.1. 句や分詞構文の利用
2.2.2. 所有代名詞の利用
2.2.3. 対象事物を主語として利用
3. 「鑑賞」という方法
3.1. 人称代名詞の明示・非明示
3.2. 心象風景
3.3. 主観的把握、自己投入、読み手の態度、「鑑賞」という方法
3.4. 私小説
4. 私小説の本当らしさ

第10章 俳句の翻訳の変遷
1. 俳句、もっとも日本的な文芸
2. 俳句のドイツ語訳の歴史
2.1. フローレンツ―日本版エピグラム
2.2. グンデルト―座の文芸
2.3. ハウスマン―再創造
2.4. クーデンホーフェ―わらべ歌
2.5. ウーレンブローク―逐語訳
2.6. クルーシェ―簡潔かつ自由に
2.7. ドンブラディ―『おくのほそ道』全訳
3. 俳句のドイツ語訳の具体例
3.1. 落花枝にかへると見れば胡蝶かな(荒木田守武)
3.2. 夏草や兵どもが夢の跡(松尾芭蕉)
3.3. 閑かさや岩にしみ入る蟬の声(松尾芭蕉)
3.4. 荒海や佐渡によこたふ天河(松尾芭蕉)
3.5. 古池や蛙飛びこむ水の音(松尾芭蕉)
3.6. この道を行く人なしに秋の暮(松尾芭蕉)
4. 俳句のドイツ語訳の変遷

あとがき
初出一覧

参考文献
索引
   


【著者紹介】
宮内伸子(みやうち のぶこ)
〈略歴〉1956年埼玉県生まれ。東京女子大学で日本文学、社会学、文化人類学を学ぶ。ドイツ系企業等勤務を経て、東京都立大学の学部および大学院でドイツ文学を専攻し修士号取得。富山大学にてドイツ語およびドイツ文学の教授を勤め、2022年退職。
〈主要論文〉「カール・ヴァレンティンの言葉遊び」(『独文論集 独語・独文学』8、東京都立大学大学院独文研究会、1988)、「クリスティアン・モルゲンシュテルンのグロテスク―『絞首台の歌』に関する一考察」(『人文学報』227、東京都立大学人文学部、1991)、「『マルテの手記』を読む―擬人・擬物の視点から」(『富山大学教養部紀要人文・社会科学篇』25(1)、1992)、「翻訳を読む楽しみ―太宰治『人間失格』における「のです」のドイツ語訳について」(竹内義晴編『翻訳という問題から見えてくる言語、文化、人間』、日本独文学会、2012)ほか。


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