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すべてのホームページに投げ銭システムを!

「シェアウェアを可能にする送受金システムの必要性」

松本 功

日刊デジタルクリエーターズ(www.dgcr.com

1998年9月5日号掲載

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ソフトウェアをお金を払うことで手に入れるのではなくて、試用期間を認めて、気に入ったらお金を払うとか、あるいはものを送るというシェアウェアという方法があることは、現在では良く知られて来ている。パッケージ化されて店頭で販売されるのとも違ったこの方法は、十分とは言えないまでも、かなり定着してきているといえよう。

私は、この方法をホームページ上の情報発信などのようなテキストにも応用できないか、と考えている。かなり前から、古瀬幸広さんたちが、シェアテキストという考え方を打ち出して、実際に活動を展開しているが、ソフトとテキストには本質的に異なっている部分があってなかなかうまく行かないようだ(基本的に無料を全面に出している「青空文庫」の方が今の段階では健闘しているような感じがする)。

ソフトの場合は、試用期限を区切るとか、使用するときに常にフィーを求める掲示を出すとか、様々な方法で、支払いをソフト上で喚起できる。しかし、テキストの場合は、基本的には不可能で、様々なパスワードを設定して、課金をシステム的に自動化するのは、個人やNPOなどの小規模の組織には負担が大きすぎる。また、パスワードを設定しても、一度ダウンロードされれば、コピーを止めることはできない。

テキストの場合、読みたい時に、ぱっと読むということが多くて、いつも同じ文章を読むということがない。一度読んだら、すぐに次にいってしまって、ついさっき読んだ文章も記憶のかなたに去っていってしまう。こういった場合、読んだ時に即座に、わずかであってもお金を簡単に送金できる仕組みが必要なのだ。

現実には、お金を振り込もうとすると、たとえば郵便振り込みの場合は、郵便局に行かなければできない。銀行振り込みの場合、手間は同じかいっそう面倒な上、送金手数料が500円程度も掛かってしまう。コイン程度のお金を送るには全然適していない。では、クレジットカードはどうか? ご存じのように小規模事業者は、実質的にクレジットカードは使えない。通信販売の売り上げが、年間1億円は必要だから。また、使えたとしても、7パーセントの手数料は大きすぎる。オンラインバンキングは? これには期待しているが、まだ、手間がかかりすぎるし、振り込み手数料がやはり高い。

できれば、画面上で、クリック1回で200円とかの少額を、簡単に送れる方法が実現できないだろうか。CyberCashやBitcashやWebMoneyはあるが、まだ、ひとつひとつがシェアが小さすぎて、佐野元春のコンサートとか、ビッグネームなら、人々は無理してでもそのプリペイドカードを買うだろうが、普通の市民の情報発信のためにはだめだ。

また、複数入ると、一軒ごとに加盟店料・保証金……。コストが高すぎる。サイバーモールも、これは小さな地元商店街程度の機能しかないのに、手数料が15パーセントとか、高すぎる。ひとつの商品・作品が、数万円くらいならいいのだろうが……。

コイン程度の金銭を送れるようにするシステムを作ること、これがまず中心的な課題だということだ。ソフトなら、郵便振替で後で送金してもいいだろうが、すぐに読める単なるテキストの場合、全く別のインフラが新たに必要だ。

内容がいいと思っても、自転車に乗って郵便局に行って、名前を書いて……。

これでは、不可能だ(あるいはシェアウェア文化が定着したあとは、そのくらいの手間は気にならなくなるかもしれないが)。

オーストラリアの場合、演劇のチケットサービスは、政府と企業の寄付による第3セクターが運営しているとのこと(劇作家・平田オリザさんからの情報)。

どういうことかというと、演劇の集金コスト、チケット発行コストを軽減することで、演劇を補助しているということだ。

平田さんの言い方だと、日本で上演した場合、劇作家に入るロイヤリティは、多くて10パーセントにもかかわらず、チケットサービスには、かなりの手数料を払うそうだ。上演者が、演劇を上演するために作家にはいるお金よりも、単なるチケットサービスが、取る収入の方が多いという事態は、貧困な文化的な日本の状況を示していると思う。市民のために必要な芸術、文化について、集金システムというインフラは公的に用意してしまおうというのが、オーストラリアの考えのようだ。

もしシェアウェア「送受金」システムが必要なものなら、公的なインフラとして作るべきなのではないだろうか。ところが、ECにしろデジタルマネーにしろ、大きな企業、銀行やクレジット会社が、個人から、お金を集めるのには便利かも知れないが、個人が起業しやすい、あるい企業しやすいような制度にしようという動きは、どこを探してもない。

私は、将来のNPOの時代、SOHOの時代にとっては、個人から大企業がお金が取りやすい制度ではなくて、個人が個人からお金を取りやすい、あるいは個人から個人へ送りやすい経済的な制度は必須なものだと思うのだが。これは、21世紀のためのインフラだと思う。

今は、ECやらいろいろ叫ばれ、実験をしているが、うまくいっていない。当たり前だ。銀行やクレジット会社は、本当は成功してほしくないからだ。今のままのシステムが、そのまま延命してくれることをこころの底では願っているからだ。使う側だって、大企業の商品を買うということしかできない、今までと全く何も変わらない制度を利用する必要性がないわけだから。

これがたとえば、地元に非常に良い中学があって、頑張っているとする。カンパできるシステムがあれば、どうだろうか。ホームページからでも、クリック一つでカンパできるなら。これからは、地元の情報が重要になる。神戸の少年のことよりも、和歌山のカレーのことよりも、自分の地元の子どもが通っている学校の情報の方が大事だし、地元の工場から、ヒ素が盗まれていないか、の方が本当は情報として重要であり、必要なのではないだろうか。

地元に記者が2人で地域の情報をタウン誌みたいではなくて、きちんとしたジャーナリストがいてもらわないと困る。朝日新聞も読売新聞もそんな地元の記事など書かない。地元オンラインジャーナリストが、生きていけるためには、オンライン上でカンパが簡単に出来る制度、その制度に裏付けられた市民によるスポンサーシップ。

私は、スポンサーシップの精神があってカンパがあるのではなく、カンパが簡単だから、スポンサーシップが根付くと思う。日本の戦後は、昔のスポンサー層である地主の壊滅とテレビによる高度な演芸の無料配信の二つによって、旧来のスポンサーシップが壊滅したと思う。

東京に100以上の寄席があった時代、紙芝居屋さんが来た時代、弾き語りの三味線弾きがいた時代、それは市民のための娯楽を市民と一部のタニマチが支えた時代だ。これは、「辻で上演して生活できる」というシステムがあったと言ってもいいと思う。江戸時代のリストラで有名な米沢藩の上杉鷹山の師匠は、江戸詰めの家臣が、辻で学問を話していた学者をスカウトしたそうだ。当時は、幕府や藩に雇われていない学者は、「辻講釈」と呼ばれるように辻で、講釈をして、気に入った人に、お金を払ってもらい、パトロンも探していた。辻には、そんな機能があったということは驚きだ。

シェアウェアの制度のことを、「投げ銭システム」と私が呼んでいるのは、少なくとも戦前頃までは、社会に組み込まれていて、生活の中にあった現実の金銭の受け渡しの制度だからだ。辻の学者・芸能者・河原版売りにお金を渡すシステム、これを私は「投げ銭システム」と呼ぶことにする。

投げ銭システムをインフラとすべきであるという声をあげて、政府や金融系の企業にできるだけ安価に運営できるように要望を出していく、シェアウェアの思想を伝えることから一歩踏み出してそのための経済システムの必要性までもを訴えていく。

アコシスに問い合わせたところ、クリック一つで少額送金ということは、技術的には問題なくできるそうだ。これは是非実現したい。いろいろ方法はある。

たとえば、50円程度の送金手数料しか掛からない電子郵便振替みたいなものができれば、いまいろいろ実験されているECよりもよほど現実的で役に立つ。オンラインでカンパということも簡単に出来るようになる。そんなものが、実現すれば、個人ジャーナリストもほら話ではなくなるし、NPOやSOHOも経済的に自立しやすくなるはずだ。個人や小企業が元気になれば、日本経済も復興できるかもしれない。

そもそもテキスト発信者に対して金銭を送る場合、セキュリティは半分は無くても良い。なぜなら、「商品」はすでに届いているからだ。先に「商品」であるテキストを、送金者は読んでしまっている。だから、いっそう、経費の掛からない簡便な送金方法を求む。

たいしたことを言っていないので、はずかしいが、経済システムを大きな組織のためのものではなくて、小さな組織、個人でも生き延びやすいように変えていきたいと願っているのだ。本当に必要で地味なものであるから、気にとめられない主張かも知れない。しかし、このシステムができるかどうかで、21世紀の生活は大きく変わると思うのだ。

繰り返しになるが、小さな個人のための送受金システムが必要なのだ。ごまめの粒のような個人に過ぎないが、声を集めて訴えていきたいと思っている。

もし、ご賛同する方がいらっしゃったら、現在、推進委員会の設立準備委員会を準備中である。ぜひ声を掛けていただきたい。

もう少し詳しい宣言は投げ銭へ <http://www.shohyo.co.jp/nagesen/>

【松本 功】まつもと・いさお ひつじ書房 代表書評ホームページwebmastermailto:isao@hituzi.co.jp
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