ことばの押し込める力と切り抜ける力
2020年11月16日(月)

ことばの押し込める力と切り抜ける力

(11月11日のメール通信の文章が元になっています。)

先週の土曜日に開催されました「【ZOOM開催】ジェンダー、セクシュアリティと多言語使用:教養教育における/としてのダイバーシティ」(主催 東京大学大学院総合文化研究科・教養学部 教養教育高度化機構 国際連携部門 KOSS)を聴講しました。その時間は出かけていて、外出中に外で聞くということをしました。聴講者としては、不真面目な聴き方ですので、申し訳ない気もしましたが、そういう聴き方もありえるということをお許しいただきたいと思います。

概要は次の通りです。ウェブサイトの説明の一部を引用します。「新宿二丁目を舞台としてジェンダーやセクシュアリティ、ナショナリティ、そして言語を横断して周縁性を生きる女性たちの様々な経験と感情とを繊細に描き出す作家の李琴峰氏と、言語学、クィア研究、日本研究をご専門とし、90年代から日本のクィア・スタディーズとアクティヴィズムの重要な担い手の一人でいらしたメルボルン大学教授のクレア・マリィ氏をお招きし、ジェンダー、セクシュアリティ、そして言語使用における多様性や周縁性はどのように経験されるのか、とりわけ、「ダイバーシティ推進」と言った時にしばしば相互に無関係な項目のように扱われる〈ジェンダー・セクシュアリティ〉と〈多言語/他言語〉との問題系が、どのように重なり絡み合っているものなのかについて、お話を伺います。」
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/events/z0109_00445.html

私は、先日、メール通信で触れたように、ジェンダーの言語研究の本を出していながら、ジェンダーの言語の問題が、日本語学会や言語学会で受け入れられることができなかったという忸怩たる思いを元に参加しました。この催しに登壇されたマリィさんの『発話者の言語ストラテジーとしてのネゴシエーション行為の研究』を2007年に刊行しながら、日本語学会や言語学会にそのテーマの場所をどうも作ることができていないということを自覚しました。(非力さを認識したということです)この研究は、クイアスタディという点も斬新ですが、罵倒することが言語行為としてどういうことなのか、その言語行動を受けた時にどう切り抜けるかという受け手の言語行為を研究している点でも非常に重要な言語学書でもあるのです。

学会の中の学問の動向を作り出すことは出版社の仕事ではないかもしれません。それが出版社の仕事であると考えるのは思い上がりとの批判を受けるかもしれないと思います。もともと、大衆的には売れない地道に売っていくしかない学術書を刊行していますので、大きな影響を世の中に与えるということは、困難なことです。大量な支持者を得ることができるのなら、あるいは、そのことを目指すのであれば、専門的な学術出版という業種はあまりあっていないようにも思います。ここで現実的なことをいうなら、学術的出版でも世の中に影響を与えうることもあるでしょう。売れている学術書が、ないわけではないでしょう。売れる学術書を出版している出版社もあります。ということを考えると出版社としてそうできないという非力さということになります。

もともと、日本語学会や言語学会も、言語系の学会の中では大きい方ですが、会員数は少ない数です。別に何万人という数字でもないのに、影響できなかったということ。その小さな学会の中で、ジェンダーの言語研究というテーマを上手く定着できなかったということ。所属する学会の人々が、全員、受け入れるという必要はないものの、そのような場が上手く作れていないように思います。それは、私の方で察知できておらず、感じることができていないということなのかもしれません。

シンポジウムでは、言語において、物事をカテゴリー化することとカテゴリーを変えていくことや逸脱することについても語られていて、そういう議論が、言語系の学会でも行われてもいいと思いました。そこで、マリィさんが「ネゴシエーション行為」について触れていて、それがマリィさんの著書『発話者の言語ストラテジーとしてのネゴシエーション行為の研究』の大事なところでもあるので、そういう言語行為について議論が言語研究の場所でも行われることができないものだろうか、と思いました。言語が、物事をカテゴリー化することとステレオタイプ化することはつながっていて、言語自体の機能の一つといえると思うので、単純にステレオタイプ批判をするということに留まらずに言葉を使って切り抜けていくことの可能性についても考察しているマリィさんの本は、今なお、決して古びていないと思うのです。『発話者の言語ストラテジーとしてのネゴシエーション行為の研究』の紹介文を引用します。

「発話者がいかに個々の発話場面やその場面に現出する人間関係を「自分らしく」切り抜けるか、その行為を「ネゴシエーション行為」と名付け、新しい言語研究の視点・概念枠組みとして提案する。本書では特に、従来では研究の対象になりにくかったクイア言語や、いわゆる「男言葉」「オネェ言葉」などを再検討し、「男性・女性がこう話すべきだ」という社会的に規定される言説と、実践的な言語使用との間の隔たりを考察する。ジェンダー・セクシュアリティ、また、話し手を中心とした談話分析に新たな可能性を見出す研究書。」
http://www.hituzi.co.jp/books/325.html

前回のメール通信でも書きましたように、現在品切れていますので、重版したいと思いまして、アンケートを行っています。希望の方が多ければ、重版することができますので、ぜひともアンケートにご協力いただきたいと存じます。仮に重版したいと答えて下さっても、購入することが義務になるということではありませんので、気楽に以下のアンケートを見ていただけましたら、ありがたいです。googleフォームでのアンケートです。

アンケートのURL

https://docs.google.com/forms/d/1PrPlkzoVubP8RKjG1r0uLAjuRYN3Saz8hq2_iHlFrdo/viewform?edit_requested=true#responses

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執筆要綱・執筆要項こちらをご覧下さい。



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