書籍4割返品が、本当に問題なのか

2014年7月1日(火)

書籍4割返品が、本当に問題なのか

「本を出版する際に返品が起こるわけ、全否定人は無知なお方です」のタイトルを変更しました。

【決定版】

一昨日(6月29日)は、共立女子大で、出版についての講演をしました。「学術専門出版社の視点から、編集という機能を考える」というタイトルで、話しをさせていただきました。ご静聴、ありがとうございます。今回のキモは、返品の話しでした。返品率についての本当の意味。企画を立てる、作ることに関係して、お話ししました。

多くの人は、消費者の観点を持っていて、値段は決まっているのが当然で、それが値引きされていればうれしい、というのが普通でしょう。学生さんたちもそうだと思います。その感覚のまま、話しをしてもほとんど理解されないで終わってしまうと思ったので、具体的に自分たちで考える題材が必要と思いました。

返品が可能な商品というのはめずらしいわけです。たとえば、生鮮食料品は返品はできません。問屋さんは責任を持って、何個とか仕入れて、それをさらに小売りの店は買います。仕入れた時に腐っていたということがなければ、返品はできないし、残っても返品ができません。服なども、残った商品はバーゲンであるとかで処分しますので、原則として返品はありません。では、書籍は、なんで返品が許容されるのでしょうか?

ネット上の自称小説家という方の文章をプロジェクターで画面に映しまして、その作品を出版するか、いくらという値段をつけるか、何部刷るのかを学生さんたちに考えてもらいました。300人弱の教室を回って、考えを言ってもらいました。出してもいい、という人、とんでもないという人。

その後で、名作に編集者が出したボツの手紙を集めた『まことに残念ですが…?不朽の名作への「不採用通知」160選』を紹介しました。名作と言われている作品であっても、ボツになっているということ。そもそも、作品を見出すということそのものが困難で、大編集者でも失敗をかなりしています。

『まことに残念ですが...』によるとこんな感じです。

  • 「まことに残念ですが、アメリカの読者は中国のことなど一切興味がありません。」→『大地』(パール・バック)、
  • 「いやはや、こんなものを出版するわけにはいかん。編集者も作家も監獄行きだぞ。」→『サンクチュアリ』(ウィリアム・フォークナー)、
  • 「この少女は、作品を単なる”好奇心”以上のレベルに高めるための、特別な観察力や感受性に欠けているように思われます。」→『アンネの日記』(アンネ・フランク)、
  • 「......たいして将来性のない、マイナーな作家だ。この作品は、一般読者にはおもしろくなく、科学的知識のある者には物足りない。」→『タイム・マシン』(H・G・ウェルズ)

『まことに残念ですが…?不朽の名作への「不採用通知」160選』

そもそも、出すか出さないかで失敗しているわけです。それに適正な部数と値段を付けることは不可能に近い。プロであってもそうなんです。いつも成功するはずはないんです。成功することを前提に考えることができるのは、結果から、遡ってみているからです。それは、何かをこれから作り出す危険性を認識していない人の考え方です。そうであるならば、単純に返品率40パーセント以上の書籍出版という産業は異常だ、というような出版ジャーナリストの発言の方が、書籍の性質を理解していない、無知な発言ということになります。訳知り顔で、マーケティングが不十分だから、と言わないでほしいです。(マーケティングは、可能な限り、きちんとやるべきことは言うまでもありません。)

不思議なことは、中身は一個一個の個別な創造的なものですが、それを複製して印刷されるものであるということです。読み手は、様々であるのに、同じ値段を付けるということです。一品ものであれば、オークションなどで一個一個決めるという方法もあります。しかし、一個のものを決めるのに、数日はかかるのではないでしょうか。そのような時間をかける方法では、数百、数千、何万という発行部数のある書籍の値段を決めることはできないでしょう。読み手にとって価値が千差万別なのに、値段を1つに決めるというのは興味深いことです。かなり困難なことだと言えるのではないでしょうか。

また、再販制は、価値の分からないものを編集部、出版社の判断によって、値付けしてしまうことによって、価値の分からないものを世の中に流通させるという仕組みであり、新人を世に送り出すという機能にとって重要だから、大事なんです。

仕入れる方は買い切りはできません。取次も書店もこれは絶対に売れるということで仕入れることは不可能です。お金を払って買う人がいて、それが実際に売れるということになります。書店員も売れるかどうかはわかりません。10個仕入れて、8個売れて、2個は返品ができるということが、価値の分からないものを流通できる仕組みなのです。その場合、仕入れた時と、返品するときは同じ値段である必要があります。それが再販制なのです。

これも価値の分かりにくいもの、値付けの困難なものを流通させる仕組みであり、その大元には世の中に新しいものを送り出すという出版の機能を可能にするためのものです。

一般的には価格崩れを不正で、文化を守るために存在すると言われますが、私は、新しい、未知の作品を流通させるために、返品可能と言うことと再販制というものは必要なのです。

300人の教室でしたので、ペアワークを行うことは実際的には不可能でしたが、もう少し少ないクラスであれば、実際にネット上の小説とかルポなどの原稿を打ち出して、それを読んで、それを出版するか、いくらで出すか、何部刷るかということを考えて、その結果をとなりの人とすりあわせてもらうようなこともできたのですが、300人ではちょっと無理でした。となりの相手が、付けた値段を安いと思うか、高いと思うか、買わないという判断をするのかを話し合うのは面白いと思います。

もっと時間があれば、それぞれの人に、個別の出版社を作ってもらって、どういうものを出版していくのかを考えてもらったり、仕入れる書店になってもらったりということもできたと思います。文字の集まりである文章を読んでそれが面白いと思うか、コストを掛けて出版したいと思うのか、何部くらいすれるのか、ということを頭の中で考えてみるというのは、単なる消費者という立場をずらして、作り手を世の中に送り出す編集・出版という立場を想像してみるのも面白いと思うのでした。

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執筆要綱・執筆要項こちらをご覧下さい。



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