2003年6月13日の日誌 ミクロ革命のための所作

2003年6月13日(金)

ミクロ革命のための所作

丸ビルで開かれた「21世紀智財ラボ」のシンポジウムに出席した。佐倉統さんが最後にまとめのコメントをした。(驚くべきことに、事前に作られてきたレジュメが、その日のシンポをかなり的確にまとめていた。ただ、レジュメにはことばが入っていたのだが、当日のシンポジウムのパネルの際には出てこなかったことばがあった。編集ということばである。実際にはエディットというカタカナであったが。)期待されていながら不在であったことばにこだわりながら、考えてみた。

社会的な運動というものは、どういう風に起こるのだろう。先日の大村はまさんの例のように、普及し、信望者も多いように見えて、それは結局、大村さん的な国語教育活動は、起こらなかった。社会の変化は、日々の活動自体のあり方が変わることで、起こるのだろう。

世の中を変えようとして、トレンドや考え方を作り出すとして、それは、社会のエスタブリッシュメントの意識が変わるということではあるまい。日々の生きる活動、経済的であったり、日々のコミュニケーションであったり、振る舞いであったり、そのようなものが変わる時だろう。

イデオロギー批判は重要ではあるが、それだけで終わっては、頭がでかくなるだけである。生き方(way of life)が変わること。大村さんの例と似ているのが、スローライフということば。これは社会のwayを変えることであるのに、単に田舎暮らしであると思われたり、仕事をしないことであるかに思われたりする。そのように小さくとらえることが、普及をすすめるのだろうが、本当は社会を変える仕事のwayを作ることであるはずだ。

ミクロ革命のための所作を作るためのナレッジというのは、ナレッジを作る過程なのだろう。過程というのは、process of makingということである。その過程を促進すること、一人一人の生活の中で、ミクロ革命の所作を進めること。ミクロ革命で検索したら、http://www.masui.co.jp/art/nicaf8.html#fig16というページが出てきた。その中で北川フラム氏の紹介しているピーター・ラージの『ミクロ革命再び』が翻訳がでていないようで、さらにはアメリカでも品切れのようだ。読んでみたい。

マイクロレボリューションで検索した結果は一つだけ

関心空間の前田さんの話はおもしろかったが、関心空間は自分がリンクしなければならないという点が私には気になる。関心空間には、直接的にはエディターを必要とせず、それぞれが自分の関心でネットワークを張っていくというものである。しかし、自分で気が付いていないつながり、連携、似たような発想というものは、連携のしようがない。なにを言いたいかというと外から介入する編集というものの可能性という意味である。編集+マイクロパブリッシュといった方が正確か?

ナレッジによるミクロ革命のために、公共図書館の情報支援機能の強化のためにビジネス支援図書館の運動を組織しているわけであるし、投げ銭はネット上の情報活動の活性化と共創の仕組みを作るためである。さらに『市民の日本語』を加藤さんに書いてもらったのは、コミュニケーションのミクロ革命のためである。出版という活動とその周辺での活動を行っているわけであるが、社会の流れに何らかの影響を与えるためには、一人一人がナレッジという酵素によって、変わっていくことであると思っている、編集者としては。しかしまた、コンサルタント的なあるいはシンクタンク的な関わり方というものもある。行政にコンサルタントとして入ることで、その地域の政策を変えていくような方法である。その間をどのように接続できるのか、そのような気持ちでシンポジウムに参加したけれども、思考の混沌により踏み込んだような気がする。くっきりした満月の夜であったが!

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