21世紀の出版社「読者と直接出会う」

 商品というものは、手に入れることができるのなら、どこで手に入れてもいい。ここで手に入れなければいけないということはないはずのものだ。自分につごうのいいところで手に入れればいいわけだ。つごうのいいというのは、どこか。インターネットが、中抜きの手段だとすれば、作り手のところということになるかもしれないが、そう簡単ではない。気むずかしい作家とつきあうよりも愛想のいい商売人から、そして他の作家とも比べながら買える方がいいことだってある。

 インターネットが商売の世界、本の売買の方法を変えつつあるが、中抜きの手段だと考えなくていい。むしろ、読み手の様々な要望と実際に作る側の都合を、複雑なままでマッチングできる技術だと考えたらどうだろうか。本の場合でいえば、作り手を元気づけたいと思えば、作り手に直接、声援を送ることもできるし、昔の作品をオンデマンドで提供してもらうことも可能だし、新しい書き手だって、ちゃんとした紹介サイトがあれば、既存の雑誌に頼らないで、出会うこともできる。オンライン作家も、みんなの称賛があつまって、紙でデビューしたり、オンライン作家のままで、食えて行けたりするようになるだろう(投げ銭システムが実現すれば)。

 作り手は、インターネットで、読み手の欲望を知ることもできるし、声を受け取ることもできる。編集者が、「時期尚早です」というなら、自分でインターネットという辻に立って、自分で売ったっていいし、熱心な読者の誰かと組んで、売ってもいい。売れなければ、編集者の意見が正しかったということだし、売れたら、鼻を高くすればいい。書店は、本ごとに仕入れる冊数を決めて、本ごとに仕入値を決めて、出版社や作家側と値段の交渉をすることもできる。オークションの機能はほとんどできているのだから、単品種で折衝することもテクノロジー的には問題はないだろう。

 一人一人のマーケティングも、ひとつひとつのマーケティングもできるようになる。今までは煩雑だということで実質的に不可能だった商売の方法が可能になる。これは、おおきな可能性だ。今までは、1万部は売らないといけないとか、宣伝費何百万円とか、そういったことで、まずマスがあった本作りが、その場その場の流動性で生かして作れるようになる。今まで作れなかった本が現れてくる予感がする。その中から、ベストセラーもでてくるだろう。

 商品のマッチングだけではない。本の内容のマッチングということもある。私は、人々の本当に知りたいことが、きちんと読みやすく編集されていて、その本があることを人々が知ることができるしくみがあれば、本という知のパッケージは再生すると信じている。ああこんなところに、面白いことを言っている優れた人がいる、と思っても、たとえば、私が経営しているひつじ書房でその人の本を簡単に出すわけには行かない。本が、採算をとるためには、製造費が掛かり、プロモーション費が掛かり、欲しい人の手元に届けないといけない。現在、人々の手に手に入るようにするためには、大きな出版社が新刊を店頭にさまざまな努力をして置いてもらっているように広告をひんぱんに打ち、営業マンを巡回させるなど非常なコストがかかけないと無理だ。そこまでしたって、返品されてしまうし、新刊でなくなれば、機能しない。

 しかし、私は、非常に楽観的だ。書評とオンライン書店、オンライン受発注をつかったリアル書店、正確な配送の仕組みを今後、数年で作ってしまえば、全く新しい状況ができてくるに違いないと思っている。書店がプレビューで、買い切りで買ってくれる仕組みが出来れば、小さな出版社も勝負にでることができる。インターネットというコンピュータをつかった人々の願いをすりあわせ、合致させる機能を使っていけば。