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今どきこんなまともな話、小さなものが手に手を取った成功談・・・!
言語学関係で地道な出版活動を続けるひつじ書房(有限会社ひつじ書房 房主:松本功 千代田区猿楽町2-2-5)と、電子出版のさきがけボイジャー(株式会社ボイジャー 代表:萩野正昭 渋谷区神宮前5-41-14)が手を組んで商売を成功させている。
ボイジャーが開発し今月15日に発売した「T-Time・インターネット<縦書き>読書術」(\3400)というCD-ROMを、ひつじ書房が書籍として全国の書店で販売している。『T-Time』はネット上の読みにくい画面をまるで本を読むような縦書き文字面に変換してしまう。一枚のCD-ROMだがインターネット上に展開する万巻の書につながる「如意の本」だ。これが隠れたヒットとなり、インターネット愛好者に引っ張りだこ。発売1週間で版元は品切れ状態、重版を待てない読者から問い合わせが殺到、さらに毎日黙々とインターネットへのアクセスが続いている。
両社を結びつけたのはインターネット。デジタルを武器とする小企業のマーケティング戦略がインターネットを仲立ちに見事に展開されようとしている。
昨今インターネットビジネスといえばショッピングモールだの電子決済だのという話題が相場だが、ひつじ書房とボイジャーはそんなことは一言も言わない。ただただインターネットに正確でかつ必要な情報を提供しつづけているだけ。
(http://www.voyager.co.jp/, http://www.hituzi.co.jp/)
読者がそこにアクセスすれば『T-Time』の商品情報がわかる。今どこで『T-Time』を購入できるのか、全国の販売店のリストが紹介される。すでに購入した読者の疑問やバグ情報、アップグレードもカバーされる。読者にとって一番うれしいのは、ネット上の電子テキスト情報に即アクセスできるURLリンク集が提示されている、インターネット読書術の提案だ。文学、民俗・文化 、芸術 、官庁文書 、経済 、教育、法律 、メディア・情報関連、社会・環境問題、哲学というジャンルの電子情報がずらっと列び、これらの膨大な情報が『T-Time』で読める。つまりはるかに読みやすい自分の「本」の形となってモニター上に提示されるわけだ。ここではすでに立派な電子図書館が出来上がっていることになる。鳴り物入りで大枚血税をつぎ込み、使いものにならないお役所の電子図書館プロジェクトをあざ笑うようで痛快でもある。
それだけではない。両社は全国に散在している電子本のサポーターに呼びかけ、『T-Time』の書店営業の情報をインターネットを通じてキャッチしている。どの書店で今日何部売れたか、どの書店にどう配本が行われたかの情報は全国のサポーターを通じて逐一ネットを流れ彼らのデータベースに反映されている。読者にとって一番の悩みは小出版社、少部数配本は手に入らないこと、だが、彼らのデータベースはホームページに連動し、『T-Time』をどこで求められるかという読者への大切な情報サービスとなっている。
このやりかたでひつじ書房+ボイジャーそしてサポーター連合は、今月15日の『T-Time』発売後1週間で初版3000部を配本しまたたくまにその80%を完売した。現在重版に入っている。
本来ひつじ書房は出版社、紙の本を販売する。しかし小さな出版社のビジネス環境は厳しい。大きな宣伝をうつことは不可能であり、やっと新聞に書評が載る時は発売からかなりの時間が経過している。書評を見て読者が書店に行ってもすでに返品されてあとの祭りという事情は山積されている。ひつじ書房はデジタルメディアの利用を求め、出版界が直面する問題に立ち向かう。
ボイジャーは電子出版社、紙の本は一冊も作っていない。本は紙でなければならないと思っていない。しかし紙でなければ書店流通は困難、再販商品としての書籍扱いは一切受けられず、よって書店流通から排除される。文学、哲学、科学の良書をCD-ROMで販売しようとしても書店では茨の道となる。結局はコンピュータソフト店で裸のアダルト作品、ゲームに混じって売られることになる。オッペンハイマーの原爆開発から彼の失脚に至る核の歴史にかかわる詳細なドキュメント(映像と1000ページのテキスト・資料)「ヒロシマ・ナガサキのまえに」という電子本がこの状態に放置されている。ボイジャーは電子本が紙の本と何ら区別なく書店流通されることを悲願としてきた。
デジタルを利用して活路を拓こうとする紙の本の出版社と、電子本の書店流通を希求するデジタル出版社、両社はこうして接近し自分たちのハンディキャップを跳ね返す行動に出てきた。
書籍取次の委託配本システムと小出版社=少部数出版の苦しみ。書籍流通が可能であったとしても、取次の委託配本システムは大きな問題を抱える。むやみに配本してもそのほとんどが返品され、おまけに返品にも手数料が課せられる。配本に失敗する事は損失の往復ビンタを被るに等しい。少部数の配本には神経を使う。売れ筋の書店に指定配本するためには綿密な営業調査を必要とする。ましてや電子本の配本など何の実績もなく、指定配本する手掛かりさえ見あたらない。
この高い敷居をくぐり抜ける方策は一つしかない。「Bring Your Brain -ない知恵を絞る」ことだった。新潮社、小学館、岩波書店、日立デジタル平凡社・・・ここへきてデジタル出版物を書店に配本する有力出版社、その後塵を拝すがやがては電子本の配本秩序を確立する意志をもってぴったりとくっつく。それがひつじ書房+ボイジャーの野心的試み「書店流通プロジェクト」だろう。小さな者どうしは手を組み、これもまた小さな芽である未来の電子本作家へ「呼びかけ」をおこない輪をひろげた。(別紙「ボイジャーと書店流通の開始について」参照)
彼らはデジタル製品を書店で販売するにあたって、営業システム自体をデジタルに移行させ、力を合わせるというモラルをもって成功を導いている。「ない知恵」をカバーするにあまりあるデジタルと知恵の力だ。
世界にはデジタルでものを書き、発信する作家たちが存在し、その数は着実に増えている。すでに名のある作家から無名の作家まで、彼らはインターネットを通じ膨大なテキストの受発信を繰り返している。出版社として何らかの形でデジタルに関わるならば、この「作家」の存在に気づくはずだ。これら作家たちはデジタルを志向するが同時に本の世界に親しみを持ち続ける、そしておそらく書店での一番の購買者でもあるだろう。
ひつじ書房+ボイジャーの「書店流通プロジェクト」にサポーターとして参加した作家たちは、未来の自分の電子本がどのように書店で列べられていくのかを今自分の目で確かめている。作家としての彼らの目が電子本流通のノンフィクションとなり今夜もネット上を飛び交っている。作家、出版社、書店という関係は密接な形で、しかもデジタルという新しいメディアをも含みながら新しい発展をしていくことだろう。
この世で一番小さな者たちが、今の不況下で一番大きな可能性をつかもうとしている。彼らは情熱と発汗のうえにこの事実を一番よく知ってしまったにちがいない。