『国立国語研究所研究発表資料集』について 

『国立国語研究所研究発表資料集』作成委員会

1.はじめに

 『未発』第5号(平成11年6月1日発行 ひつじ書房刊pp.7〜9)所載の文章「論文集 をしばらく控えること」において,著者・松本功氏(ひつじ書房房主)は,国立国語研究 所の作成している一つの資料について言及なさっています。この資料というのは,平成7 年度版から継続して作成している『国立国語研究所研究発表資料集』(以下『資料集』と略 称します)という冊子です。

 松本氏の文章は,現在の出版界の状況とその中での論文集形式の出版物の事情を細かに 検討され,御自身の経営される出版社では論文集形式の出版をしばらく控えざるを得ない ことを述べられたものだと拝見しました。

 その内容自体について言及することは,小文の趣旨ではありません。しかし,松本氏の 文章で上記の『資料集』について触れられた箇所の記述には,場合によっては,その文章 の読者に『資料集』あるいは国立国語研究所について誤解をもたらす恐れの感じられると ころがあります。小文は,『資料集』の趣旨・作成手順等について説明し,松本氏及びその文章の読者各位の御理解をお願いすることを本旨としたものです。

2.松本氏の文章で国立国語研究所に言及された箇所

 松本氏の文章で『資料集』について言及された部分は以下の通りです。 「 (前略)不法な海賊版ばかりでなく,国立国語研究所が所員の論文を,無料転載す るという事業を進めている。(中略)昨年だしたばかりの論文をそのまま全文転載する ということは,どういうことなのだろうか,無料で。私は知らなかったが,すでに運 営が3年目だと言うことなので,所員および学会にも認知されていることなのだろう から,詳しく反論する必要があるだろう。」(p.8)

「(中略)売り物の中に入っている論文を,無料で配布することは,その出版物の商品 的な価値をなくすものである。(中略)そういうことが,特にどの学者からもおかしい という声もなく,3年も継続して行われている状況では,研究者の一部が,組織的な 複製を是だと思っていることになり,そんな中で,論文集を出し続けることは,御免 である。(後略)」(p.9)

3.国立国語研究所の『研究発表資料集』の目的・作成手順など

 

 前提として御理解いただくため,『資料集』の内容・性格・編集手順などを説明します。

(1)『資料集』の概要と目的

 『資料集』は,平成7年度から平成9年度まで,各年度の国立国語研究所の研究職員の各 種の研究活動を整理編集して一覧資料としたものです。これを作成する主たる目的は,所 員がそれぞれの研究活動状況を相互に把握理解するための資料とすること,所外の有識者 による研究所の「外部評価(第三者評価)」のための評価資料とすることにあります。言い 替えれば,いわゆる情報公開のための資料として限られた範囲の関係者に提示することを 目的とするものです。通常の研究報告書や調査データ資料のように市販したり,大量に配 布したりして不特定多数の読者に読まれることを意図するものではありません。

(2)『資料集』の内容・掲載事項

 『資料集』には,研究所の機構図,研究職員配属一覧図,当該年度の各研究職員の研究発 表活動一覧(所内外の刊行物での掲載論文,雑誌記事,学会・講演会等での口頭発表・講 演などの書誌的情報だけを列挙したもの),及び,これらの研究発表活動のうち,研究所以 外で刊行された学会誌・一般雑誌,論文集等に掲載された文章の全文(コピー)を収録し ています。研究所の刊行した報告書などは,そのままで前記の目的のために利用できます から複製転載していません。 

(3)『資料集』の編集手順

 『資料集』に掲載する情報は,各研究職員からの自己申告によって集めます。論文や学会 発表などの書誌的情報はできるだけ網羅的に集めて掲載することを目指しています。

 他方,研究所以外(各種学会,出版社など)からの刊行物に掲載された論文を複写して 転載しようとする際には,その一つ一つについて,著者及び発行元それぞれに,文書によ る「転載許諾」をお願いし,許諾が得られたものだけを転載しています。これは,国内・ 海外の区別なく,公的機関・学会・出版社等の区別なく進めている,編集手順のうちでも 重要な手続きです。幸いに,これまでお願いした機関・学会・出版社からはほぼすべてに ついて許諾がいただけてきています。海外の学会など少数ながら御返事のないケースがあ りましたが,その場合はもちろん複製転載はしていません。

(4)『資料集』の利用先・配布先

  前述(1)のとおり,『資料集』は不特定多数の読者を想定したものでなく,研究所から 大量に無料配布したり一般書店で市販したりするものではありません。前記のような目的 に沿って作成し利用するもの(あくまでも限られた目的のための<資料>)ですから,配 布先はごく狭い範囲に限っています。

 具体的には,研究所内の職員,研究室,国立国語研究所評議員,国立国語研究所外部評 価委員,文部省・文化庁等の関係部局がその大部分を占めます。

 この他には,前記の「転載許諾」を下さる際,出来上がった『資料集』の実物を送付す ることを条件とされた機関・学会,『資料集』と同種の資料を編集作成している機関のうち 国立国語研究所もその提供を受けている機関,及び研究所の通常の刊行物を相互交換して いる少数の大学研究室などです。

(5)今回のひつじ書房への依頼の経緯

 なお,松本氏が文章をお書きになったのには,次の経緯がありました。

 平成9年度版に掲載対象となりうる論文の一つが,ひつじ書房刊行の論文集形式の書物 に収録されたものでしたので,他と同様に「転載許諾」をお願いする文書をお送りしまし た。ひつじ書房へは初めてのお願いでした。このお願いに対して松本氏からは,さらに詳 しい説明を求めるお手紙をいただきました。研究所から説明とお願いをお送りしましたが, 結果的に当該の論文については許諾がいただけず,複写転載の対象からは外して書誌情報 だけを掲げる扱いとしました。

 出版された論文集に掲載されたまとまった分量の文章を転載させることについて,出版 元の責任者のお立場からなさる御判断は最大限に尊重しなければならないと私どもが考え
ていることを申し添えます。

 

4.国立国語研究所の立場

以上の説明から御理解いただきたいのは,以下の点です。

(1) 松本氏の文章にある「国立国語研究所が所員の論文を,無料転載するという事業を進め ている」「売り物の中に入っている論文を,無料で配布する」という部分からは,『資料集』 が出版社の出版事業を根本的におびやかすものであろうという氏の危惧が読みとられます が,上記のような『資料集』の目的・作成手順・配布先をあらためて御覧いただくことに より,そのようなものではないことを御理解いただけると思います。

(2) 同じく文中にある「所員および学会にも認知されていることなのだろう」の箇所につい ては,少なくとも所員は『資料集』の趣旨や作成手順について了解していますが,「学会」 は別です。前記のようにごく限られた範囲だけに資料として配付しているだけですから, 『資料集』の存在自体,学会あるいは学界の構成メンバー各位がひろくご存じだとは思えま せん。

(3)また「研究者の一部が,組織的な複製を是だと思っていることになり」については,国 立国語研究所としても著者や出版元の許諾のないまま,それも不特定多数の読者や購買者 を前提として営利事業として「複製」することを「是だ」などとは一切考えていません。上 述のとおり『資料集』作成にあたっては,著作権とか出版事業の存立にかかわるもっとも 重要なポイントだと認識して,細心の注意をはらっているところです。

(4)なお,『資料集』と趣旨や掲載内容を同じくする資料は,国立国語研究所のみならず国 内外ともに公的な研究機関,大学等の一部においてもすでに作成されてきている事例の少 なくないものです。一般書店の店頭に並ぶ性格のものでないので,あるいはご存じない方 が多いかもしれません。国立国語研究所だけが特殊なことをしているのではないことを御 理解いただきたいと思います。

(5)いま一つ,『資料集』そのものの今後について申し添えます。国立国語研究所は平成10 年までの数年間とりわけ外部評価への対応や将来計画の立案を課題としてきました。『資料 集』もそうした課題への対応に必要な資料の一つとして作成したものです。その後,昨年 末に至って,研究所は平成13年度から独立行政法人に移行することが本決まりになりまし た。これにも様々な準備や対応を求められているのですが,その一環として『資料集』も
模様替えが必要となり,平成11年度からは,研究論文などだけでなく日常の研究所業務や 所外でのいろいろな活動を含めた『研究活動一覧』という資料を作成しています。『資料 集』とは異なり,この中には論文そのものの複製転載は含めない予定です。対応すべき課 題が拡大変化しているためです。

5.まとめに代えて

 以上のような国立国語研究所の立場を,松本氏並びにその文章の読者各位に是非とも御 理解いただきたいと思います。

 松本氏が文章をお書きになるまでの過程で,研究所からのお願いや御説明にあるいは不 足した点があったかとおそれます。そうであったら,そのことについてはお詫びせねばな りません。しかしながら,誤解は避けられなければなりません。

 小文を掲載していただくことについて,ひつじ書房及び松本氏にお礼申し上げます。

 なお,この文章は国立国語研究所のホームページ(http://www.kokken.go.jp)にも掲載し てあります。また、この文章が印刷される時点では、国立国語研究所研究発表資料集作成 委員会は同・研究活動一覧作成委員会と改称しています。

以上


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