【ひつじ通信 5-3a 】「学術書の出版の仕方」 ひつじ通信の中から、会員向け丸秘情報以外の一般的に公開できるものだけを掲載します。

Hituzi Syobo News 【ひつじ通信 5-4】「第1回「学術書の出版の仕方」オンライン講座

2003.3.28発行
☆☆☆転載可☆☆☆

第1回「学術書の出版の仕方」オンライン講座


1 本を出すということは、どういうことか

本を出すということは、どういうことかということを連載の一番最初に考えてみたいと思います。研究書の出し方について連載をおこないます第一回目に、まず、そのことについて、書くことにします。論文を書く場合や報告書を出す場合とどこが違っているのか、ということがわかっていただけたらと思います。

博士論文を出版したいので相談にのってほしいという問い合わせを電話でいただくことがあります。最近の電話で印象に残っていますのは、内容の説明もなされずに、本を出すのにどのくらいの経費を負担しないといけないのかと聞かれた方がいらっしゃったことです。多くの方も関心があることと思いますが、このような質問には、がっかりします。といいますのは、本を出すということがどういううことか、おわかりになっていない質問だからです。

では、本を出すということはどういうことでしょうか?

実は、非常に単純なことです。それは、お金を払ってくれる読者に届けられるようにするということです。自分の研究を商品としても価値を持たせるということです。知り合いや同じ研究グループ以外の人にも届くようになります。書籍に値段をつけて販売すると、いろいろな読者が読む可能性が生まれます。このことが、紀要や雑誌論文に書くとの違いです。

研究者ではない読者が読む可能性があるからこそ、研究者ではない編集者が、読みやすいようにレイアウトし、編集し、校正をします。書店で取り扱いやすいように、本というパッケージのかたちに加工します。定型の大きさに製本されているから、書棚に入りやすくなるのですし、図書館で分類されて、書架にも入り、書誌情報として共有化されてアクセスしやすくなります。

「いや、私の書いた論文は博士論文なので、多くの読者を想定していない」といわれるかもしれません。多くの読者を想定していないにしても、同じジャンルの研究者グ ループたちのコアな読者に加えて、隣接するジャンルの研究者も読者になる可能性があります。隣接するジャンルの研究者も、読者として想定できるのであれば、ひろがる可能性がでてきます。研究書の場合は、読者の数が、数千人である必要はなく、数百人から千人の規模でよいのです。

この意味で、読者の数はどのくらい想定できるかということをご自身で一度、考えてみてください。その人数によって、採算の取れる本の値段が変わってきます。

<300ページの研究書の場合の部数と想定値段
1001部〜1300部   4200円
701部〜1000部      6000円
501部〜700部       8600円
300部〜500部      15000円

これらの刊行部数が、1年半以内に80パーセント以上売れるのであれば、出版社としては採算割れにならなくてすんだと胸をなで下ろします。もし、そうならなければ、 部数を多く作りすぎたので、予想が失敗したことになります。失敗が続けば、出版社自体が持続できません。路頭に迷うことになります。

本を出そうと思われる方は、どのくらいの読者の数が考えられるのか、予想してみてください。具体的に顔を思い浮かべてみて、数を数えてみて、さらにその人たちの外に関心を持ってくれる人は、どのくらいいるでしょうか。1年半のうちに、必要な人数に到達できますか。できないのなら、つまり、値段に見合う読者数と実際の読者数との差があるのなら、その間を埋めなければならないことになります。

差を埋める方法として、研究自体が読者を開拓するということが、まれにですが、確かにあります。最初は1人か少人数で研究していたと思っていたのに、同じことに関心を持っている人が見つかり、人とのネットワークが生まれて、研究自体が広がっていく。研究する人が増えてくるとその研究に対する読者も増え、研究自体に活気があれば、読者が増えます。勢いがあれば本として刊行できます。

実例をあげます。小社で1993年に刊行した『課題としての民俗芸能研究』は、20代から30代の前半の若手の民俗芸能研究者たちが、毎月2名ずつ発表した2年にわたる研究会の成果をまとめた研究書です。この本を出す段階では、まだ、ほとんどが定職にも就いていない若手の研究者のグループでした。ひつじ書房で、パンフレットを作り、この10名弱の若手の研究者が、民俗学会の大会の時に、先輩、師匠、知り合いの研究者に個別に予約を取って回った結果、なんと200名もの方から予約をいただくことができました。もちろん、執筆者たちに買い上げてもらう必要は、ありません。執筆はその後でしたが、勢いがあり、優れた内容のものが多く、1万円近い値段の研究書が、1000冊売り切れました。買い上げるかどうかではなくて、読者に読んでもらいたいという熱意が、よい成果をあげた実例です。

ひつじ書房についていえば、言語と社会とメディアの臨界する領域の研究を出したいと思っています。この3つの分野を横断するものであれば、読者の数も3倍になる可 能性もあります。この分野の研究を特にひつじ書房としては支援していきたいと考えています。新しいジャンルの方が、支援のしがいがあります。十分に認知された研究であれば、岩波書店とか、果実が実ってからくる出版社が来てしまいますので、おもしろみがありません。斬新な研究の方が独立系の学術出版社にはやりがいがあって、 面白いものです。

他に差を埋める重要な方法として、いろいろな助成金を使う方法があり、大学が独自にもっているファンドがあり、また、代表的なものとしては、日本学術振興会の助成金などがあります。アメリカ研究や日韓文化のジャンルなど特定の分野を支援する刊行助成金もあります。その他、買い上げていただいたり、教科書でつかっていただくこともあります。もちろん、採算が取れるだけの読者がいる場合も少なくありません。

本を出すということは、読者に向けて本を作ることです。もし、読者と本の間に差があるのであれば、その差を埋める必要があります。

冒頭に申し上げましたように、研究書の刊行についてのお問い合わせの電話がありました。開口一番、「本を出すのにはいくらくらいかかるのでしょう」とのことでした。負担することになるのが心配なので、率直にお聞きになったのでしょう。しかし、上記で述べましたように、内容もどういう読者が予想されるのかもお聞きしないうちに、お答えできることではありません。なかなか、本を出す時の基本的な仕組みをおわかりでないのでしょう。これは、研究者の方ばかりではなく、多くの方が自費出版と出版の違いがわからないことが多いと思います。物理的な本のかたちにするだけでよいのであれば、印刷所に相談された方が、わかりやすいと思いますし、流通しない出版のことも、出版と案内している出版社もあります。たとえば、舵社 (http://www.pacwow.com/catalog/zihi.html)など。本講座をメールで行う意味も、出版の事情を知っていただくということにあると思っています。

このようなことを前提として、これからの議論を進めていきたいと思っています。

ひつじ書房
松本功
isao@hituzi.co.jp

(本メールは、出典を明示して下されば、転載は自由です。)

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